2016年11月25日、トークシリーズ「障害のある人のアートと評価」第3回が開催されました。
今回の講師は和歌山県立近代美術館で教育普及課長を務めていらっしゃる奥村泰彦さん。「美術館」の意義からその役割、芸術の価値づけまで詳しくご説明いただきました。
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奥村さんの活動されている「美術館」とはどういう場所なのでしょうか。奥村さんは、博物館法を丁寧に紐解かれながら、解説してくださいました。美術館とは博物館の一種であること、そして博物館というのは巷で思われがちな「展示という興行をする場所」なのではなく、社会教育の場であること。社会教育とは、学校教育とは違って、対象となる人、教える内容を決められることなく社会全体に開かれた学びの機会です。そこで行われる「勉強」は、楽しむこと、遊ぶことも含めた広い意味だと奥村さんはお考えです。とても範囲の広い活動なので、非常に活動評価が難しいそうです。
そして、社会教育に関する資料を集め、管理し、展示で見せていくことが博物館・美術館の仕事なのですが、その全ての過程に評価は付きまとってくる、と奥村さんはおっしゃいます。どんな作品を集め、どんな作品を展示するのか。なぜこの作品なのか、という「意味付け」を常に行わなくてはなりません。この展覧会で何を伝えたいのか、その上でどんな作品が必要なのか、こういう作品を通して何を言いたいのか。この美術館にはどういう社会教育的な方針があって、それにふさわしい作品なのか。そういうった微妙な問題を、外部にも相談しながら考えること、それが学芸員のお仕事だそうです。
その際に参考になる評価基準の一つが歴史性だ、と奥村さんはおっしゃいます。歴史性といったときに、一方ではこの作品がどんな作品の影響を受けて、どんな風に成立しているのかという「流れ」が大切ですが、その一方でその歴史を超えていく新しさも求められます。例えば歴史を超えたとされる人物にゴッホがいますが、ゴッホはその画風だけでなく様々な彼の行動も踏まえて、しばしば狂気の芸術家として考えられる人物です。彼の時代以降、現実をそのまま写しとるという絵画についての考え方が変わってきて、現実を超えたものをどう描くかということが問題になりっていきました。その文脈の元で、狂気や精神異常と芸術の関係が注目されていきます。アートにはもともと、このように「日常を超えたもの」を求める傾向があり、それは古代ギリシアにもさかのぼれる、と奥村さんはおっしゃいます。そして「日常を超えたもの」という評価基準は、狂気や異常性につながるものです。アートの世界では常に、日常を超えたものを見せてくれるものに価値が置かれてきました。しかし一方で、実際にはゴッホはかなり緻密に計算しながら絵を描いていたということが分かっているそうです。ゴッホの残した手紙にも明晰な文章が記されており、ゴッホは必ずしも狂気の人ではないと。そんなゴッホのように、日常を超えていく「狂気的」な側面と、日常的に理知的に創造されていく側面の両方がアートの中にはあるのではないか、と奥村さんは考えていらっしゃいます。私たちはしばしばその片面だけを見がちで、きちんとその両面を見ることが、評価にもつながるのではないかと思わされたお話でした。
質疑の時間ではまず、障害のあるひとのアートと一般的なプロのアートに違いはあるか、あるとしたらなんなのか、ということに焦点が当たりました。奥村さんは、基本的には障害の有無はアートに関係ないとしつつも、やはり障害のあるひとのアートにある種の傾向が見られること、そしてそれは人間の持っているある精神の働き方のひとつを見せてくれているのだ、おっしゃいます。そして、作品の数がもっと増えてきてその傾向がもうすこし蓄積されてくると、より障害のあるひとのアートに対する見方もできていくのではないか、とおっしゃっていました。
もうひとつの質問では、再び学芸員の仕事に焦点が当たりました。そこで奥村さんは、今まではこの作品はこう見られてきたけどこう見たほうがいいんじゃないかと、評価を書き換えていくことが学芸員の仕事だというふうに語られていました。例えばギリシア時代の彫刻は本当は白ではなく、色が付いていたそうなのですが、その色を再現した展示は不評を買ったそうです。学芸員は、「どう評価するのか」ということ自体が常に評価にさらされる仕事なのです。個人の好みだけの話に終わらずに、評価を共有できるか、ということを常に検討しなければならない。評価における「個人」と「共有」という問題にとりくむことは、作品の評価にとどまず、人人との本当に重要なやりとりにも思えました。
(レポート:菊竹智之)
次回のトークシリーズはこちらです!
ぜひお越し下さい。
講師:ホシノマサハル(こどもアートスタジオ)
日時:2017年1月13日(金) 18:00-20:00
会場:たんぽぽの家 アートセンターHANA
造形、ダンス、演劇などさまざまなワークショップが各地で開かれています。ワークショップとは参加した人に何をもたらすのでしょうか。子どもや障害のある人など、さまざまな人とのワークショップを数多く行ってきたアーティストとともにワークショップの評価を考えます。